初めてのオンラインサロン、苦い思い出愚痴話

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「意味がわかりません」
僕はこの言葉をもらうために、4,900円くらいの投資をしたようだ。

オンラインサロンに入る前に、よく考えて欲しい。

私が初めて入ったオンラインサロン

名前は伏せておくけど、私は1回だけオンラインサロンに入ったことがある。
そして1週間でやめた。
金を返せとは言わないが、私の思いは冒頭の言葉によってすべて打ち砕かれた。

ブログで稼ぐためのコツを教えます

ほうほう、初心者を釣るにはなかなか良い文言である。
稼げないネットビジネスの真実、みたいに三文ゴシップ誌が使いそうな見出しだけど、まんまと釣られたのは私そのもの。

そのころ月間1万PVのブログを書いていた私。
マネタイズに少し興味を持っていたことも手伝って、オンラインサロンにサッと入会した。

でもなにより、サロン主宰者のブログが好きだった

好きだった……のである。
オンラインサロンをやめる日までは良く読ませてもらっていたしね。

でも引っかかることもあった。

とある有名炎上系ブロガーを崇拝している感のある主宰者だったので、若干のきな臭さは感じていた。

お金を払ってFacebookグループに招待されてドキドキ

入金を終えると、ほどなく非公開のFacebookグループに招待され、サロンの中をようやく垣間見ることが出来た。

雰囲気は……悪くなさそう。

どうやらブログ記事を添削してもらうこともできるらしい。
しかし、発言している人はあまりいない。

みんなシャイなのかなーなんて思いつつ、添削してもらうための記事を書くこと数記事。

おや、褒めてもらえてる人もいる

本当に失礼なことながら僕にはあまり理解できなかったのだけど、よく分からない記事がなぜか褒められている。
うーん……。

どうしてこの記事が褒められるのだろう

今になれば何となく分かるのだけど、金になりそうな記事は褒められるようである。

でもその当時、私はそんなことをつゆとも思わず、カウンセラーとしての思いをぶつけた記事を作り、思い切ってFacebookグループに投稿した。

アドバイスを期待してしまった私

当時カウンセラーとして駆け出しだった私は、ブログを通じた集客を考えていた。
だからペルソナはカウンセリングを必要としている人を対象として、共感してもらえるような記事を書いていた。

なお、いまはブログ集客はあまり考えてはいない。1本だけ集客記事を書いてみたけど、その記事のひどさに吐きそうになっている。ホント消したい。

やっぱり私は、カウンセリング集客にブログを使うのは向いていないのかななんて思う。(あくまで私の場合)

閑話休題。

主宰者からのアドバイスを期待して、がんばって書いた記事を主宰者に見てもらった。
文字数にして4,000字くらいだろうか。ボリュームとしては及第点であろう。
そして頂いたアドバイスがこれである。

意味がわかりません

これ以上でも、これ以下でもない、この一言がFacebookグループのコメントに書かれているだけだった。
私の期待=何かアドバイスがもらえる、という思いは打ち砕かれた。

そもそも期待して良かったのか

さて、当該のオンラインサロンで何かを期待して良かったのかどうかが問題だ。

  • アドバイスします
  • 技術的なこともしっかり指導します
  • 受け身では成長できませんからどんどん質問して下さい

あまり書くとバレそうなのでこの辺にしておくけど、煽り文句からはアドバイスを期待しても良さそうである。
ダメ出しも期待して良さそうである。

しかし、意味が分かりません、というダメ出しを通り越した侮辱をもらって、私のオンラインサロン生活は終わった。

アドバイスとは何か

アドバイスする、とはなんだろう。

  1. 良いところを褒める
  2. ダメなところ指摘する
  3. どうすればもっと良くなるのか伝える

基本的にこの3つが揃って、アドバイスだと思っている。

おそらく、何かを指導する立場の人であれば、このくらいのことは心得ているだろう。

しかし得られたものはダメ出しですらなかった。
残念である。

ならば、主宰者はどうすれば良かったのか

さて、散々愚痴ったところで、少しばかり建設的なダメ出しでもしておこう。

私はブログによる集客を目指していた。
おそらく主宰者には、私の記事は集客には向いていない、ただの私の思いをぶつけただけの記事に見えたのだろう。

そしてアドバイスをするだけの技量が彼にはなかった。

苦し紛れに書いた言葉が「意味がわかりません」だった、と思われる。

まー、仮説でこんなことを言っても仕方ないのだけど、何らかの仮説に立たねば議論は成り立たない。

アドバイスできないなら、まずはヒアリングするべき

もし彼が「集客を考えているんですか?それとも自分の思いを書いただけですか?私にはあなたの思いが伝わらないです」というアドバイスをしていたら如何だろうか。

私の思いは変わったはずである。

まー、ここまでしてもらわないと思いが変えられない自分の狭量さには吐き気がするけれども。

とはいえ彼を擁護する気はサラサラないけどね、もう嫌いだし。

これからオンラインサロンに入ろうとしている方へ

これは生き方にも通じる問題だけど、期待してはいけないと思う。

どんなに素晴らしいブログや文章を書いている人でも、あなたと相性が良いかどうかは分からない。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
入ってみないと分からないことはたくさんある。
コミュニケーションを取ってみないと分からないことはたくさんある。

インターネットという、ほぼテキストのみで構成される空間で、現実のコミュニケーションと同じような相互理解ができるなんて幻想だ。

まずはオンラインサロンに入ってみてはどうだろうか。
入ってみないと分からないことはたくさんある。

こんな記事を読んで、じゃあオンラインサロンに入ってみよう♪なんて思う人がいるとは思えないのだけど、相性が良いサロンには入れれば最高に楽しいことは伝えておきたい。

期待しないという生き方

上にも書いた通り、期待しないという生き方は最高だ。
私が死ぬ前に、人生最後のアドバイスを残せと言われたら、こう答える。

何者にも期待してはいけない

期待とは希望を抱くということではない。
ここで言う期待とは、得られるであろう結果を自己中心的に決めつけること、である。

希望を抱くのは大いにけっこうだと思う。
でも期待するのは大間違い、だと言いたい。

誤った期待を抱いている人は多い

私自身がいつも誤った期待を抱きがちなんだけども、人の背中はよく見えるもので、カウンセリングに来られる方の大半は、誤った期待を抱いて生きている。

もしあなたが、オンラインサロンに何かを期待しているのなら、その期待は他人の力=主宰者の力を当てにしたもの出ないか確認したほうが良い。

誤った期待を抱いている人は案外多い

そして、誤った期待で生きづらさを感じている人もとても多い

私のカウンセラーとしての肌感ではあるが……。

まとめ

この記事こそ意味がわからないと思う。
でも良いのである。

私はあなたに期待していないので……。

最後はカウンセラーらしく、ゲシュタルトの祈りで締めよう。
生きる上で、私が1番大切にしていると言っても良い言葉。これには期待しても良いと思う。

Ich lebe mein Leben und du lebst dein Leben.
私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

Ich bin nicht auf dieser Welt, um deinen Erwartungen zu entsprechen –
私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

und du bist nicht auf dieser Welt, um meinen Erwartungen zu entsprechen.
そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

ICH BIN ich und DU BIST du –
私は私。あなたはあなた。

und wenn wir uns zufallig treffen und finden, dann ist das schön,
でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

wenn nicht, dann ist auch das gut so.
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。

引用元:心の家路:ゲシュタルトの祈り

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